「戻って来い」と 九頭竜川が言った

 「サクラマスのサンクチュアリ」は、実は九頭竜川の本流にあったのかも知れない・・・。昨年の12月、漁協の組合員である末永外美さんに町で会った時、「ものすごい数の・・ほやの100匹はいたざ・・・サクラマスやと思うんやけど、グルグル回ったり、バシャバシャしたり、ウワ〜ッとなって産卵してたんやって。あんなの私も生まれて初めて見たわ」と、高揚して私に話してくれた。2009年12月1日、場所は高速道路の上流でのことだと言う。
 「とにかく見た瞬間、これは誰にも喋ったらあかんと思った。密漁者が捕りに来たら大変。やけど、ナミさんには言っとかな、と思ったんや」。

 末永さんは五松橋の袂にある「オトリ鮎屋」さんで、お歳は先輩だが、組合員の中で、私は一番気持ちが通じ合える人と思っている。「純粋に九頭竜川と魚のことを愛している・・・」と感じるのは、末永さんだけかも知れない。そして同時に、私がサクラマスの釣り人のことを愛しているように、末永さんはアユの釣り人のことを愛している。それは、(女同志だから分かるのだけど)、母性本能に近い感情。「釣りの人達には、九頭竜川で、たくさん楽しい思いをして帰ってほしいね・・・」。ふたり会うと、よくそんな話をする。

 2010年1月12日、永平寺川での「サクラマスの卵救出」を終えた後、末永さんにその場所に案内してもらった。観察した日に比べ、この日は中角水位で40cm以上増水していたが、とにかく、送電線下の盛りあがった瀬からの落ち込みの辺りに、とてつもない数のサクラマスらしき魚が、産卵で群れていたのだと言う。昨年はサケの回帰が例年になく多かったし、時期から言ってもサケでは?と思えるのだが、大きさや婚姻色の出方を聞くと、やはりサクラマスか大型のヤマメのようだった。
 組合員の「さぎり(落ちアユ漁)」は、グループごとに毎年行う場所が決まっていて、この辺りは末永さんの場所でもある。さぎりは11月はじめに終了しているが、末永さんは、アラレガコを観に来たのだと言う。写真手前・・・右岸側は水が強く当たり、侵食されて岸に埋設されていたブロックが露出している。その底は淵となっているのだが、大きなアラレガコが時々見つかっており、また夏は魚たちの格好の避暑地になると話してくれた。

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 実はこの場所は、私にとっても「サンクチュアリ」・・・。親しい仲間には何度か話したことがあるけれど、九頭竜川で一番どこが好きかと言うと、この辺りと答える。今、私がこうやってパソコン打って座っている場所と、直線で結ぶと最短距離でもある。写真のすぐ上流には礫石がたまり、増水の度にその形状は変化し、不思議な瀬の造形を見せてくれる。青い空の日には、乱反射が眩い。自由に流れているのに、不思議な閉塞感があって、ここに来ると私は何故だか安心するのだ。
 盛夏の渇水期、アユ釣りさん達をよそ目に、中洲にできた細い流れに足を踏み入れてみた。水が怖ろしく澄んでいたから。すると、そこだけがヒンヤリと冷たかった。複雑な川の流れは、冷たい伏流水を生み出していたのだ。
 
 そのことが分かってから、何となくこの辺りでサクラマスが産卵するのでは・・・と感じていた。で、10月になると、毎年ここに来ては、様子を伺っていたのだ。ところが、昨年は一度もここに足を運ぶことがなかった。安田さんも、私も、永平寺川に、はまり過ぎちゃったかな〜。「もうそろそろ、本流の方にも戻って来いよ」。九頭竜川から、そんな声が聞こえてきそうだった。

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  末永さんに、福松橋下流のサケの産卵場にも案内していただきながら、昔の九頭竜川の話を、いろいろとお聞きする。末永さんのお父さんは、根っからの「川の人」だった。小さい時はお父さんと、いつも一緒に九頭竜川に居たそうだ。魚の数は、今よりも比べものにならない位、多かった時代。
 「魚がいっぱい捕れると、行商にいろんな所に連れて行ってもらえるから、それも楽しみやった。子どもながらに、今日も魚がいっぱい捕れるといいなぁって」。九頭竜川の古き良き時代・・・・・。 

  本流でのサクラマスの産卵を、目の当たりにできなかったことは残念だったけれど、見届けられたのが末永さんであることに、私は満足感を覚えていた。九頭竜川の神様が、たった一人、選んだ相手に間違いはなかったと思う。そして末永さんが、「生まれて初めて見た九頭竜川の光景」を、こうして私達に伝えて下さったことに、心から感謝している。