養 魚 場

 九頭竜川に毎年放流されるサクラマスの稚魚は、池田町にある中村養魚場さんの御主人の手によって育てられたものだ。サクラマスは本来、九頭竜川で自然再生産されることが最良だが、自然界で生き延びるためには数知れないリスクを伴う。養魚場で稚魚を育てることは、九頭竜川の遺伝子を絶やさないための保険でもある。未来にサクラマスを残すために、中村養魚場さんは無くてはならない存在なのだ。
 良好なイワナやヤマメが沢山育てられるということは、より自然に近い環境で豊かな水に恵まれているということ。しかし自然に近い環境であればある程、想像を絶するような厳しさが付きまとう。
 2004年7月18日の福井豪雨、養魚場は一瞬のうちに土砂で埋め尽くされ、九頭竜川の支流である足羽川が決壊した。養魚場を始めた昭和46年来、無論最大の災害そして経営の危機だった。それでも養魚場は御主人や御家族の努力で、みるみるうちに再起を果たした。

 そして、昨年(2013年)9月16日の台風18号。安田代表は勉強と手伝いを兼ねて、時々魚の様子を見に養魚場に通うようになっていたが、この日、足羽川や支流の部子川の水位が、豪雨により急激に上昇しているのを知り、養魚場の危機を察知して慌てて車を走らせた。養魚場に駆けつけた時には、強風の中、御主人が池の周りを奔走していた。28個ある池の取水口に土砂が詰まってしまい水が来ないのだ。孵化場に配管してあった水がかろうじて1つだけ生き残っていた。御主人と安田代表が協力しながら大急ぎで仮設の配管工事をして、まずは全ての池に水を行き渡らせる。危機一髪で魚たちは命を取り留めた。その後は、それぞれの池の底や管に溜まった土砂や木屑などを、かき出すという大変な作業が続いた。
 今年(2014年)8月10日の台風11号。前日は仲間たちと池の清掃を行った。そして翌日、台風が心配だったので、安田代表は朝4時に養魚場へ向かったものの大したことはなく、昼休みはのんびりと過ごしていた。ところが午後になって突然の豪雨が襲う。昨年の台風18号の記憶がよみがえる。横を流れる部子川もあっという間にあふれんばかりになって、大きな岩と岩が転がりながらぶつかり合い「ガーン、ガーン」と地響きを立て始めた。それからまた池と魚を守るために奮闘した。やっと落ち着いて、養魚場を後にしたのは真夜中のことだった。

 冬の養魚場は雪に埋もれながら延々と日々が続く。早朝、雪をかき分けながら養魚場に辿りつくと指先を刺すような冷たい水が滔々と流れている。全身を凍てつかせながらの作業は厳しさ以外の何物でもない。生き物が相手だから、先延ばしできることは何一つない。
 「こんなに厳しい仕事をひとりでよく続けてこれたね。」と安田代表がしみじみと呟いた。
 けれど雪が解け、やがてそこかしこに新芽が吹くと、山々は輝き、命で満ちあふれ、豊かな水は多くの恵みをもたらしてくれる。その喜び、その価値は、何ものにも代えられないということを、誰よりも知っているのは中村養魚場の御主人なのかも知れない。
 九頭竜川に放流するサクラマスの稚魚は、こんな風にして育てられている。





14-8-17